相続で口座が凍結されたら?遺産分割前の払戻し制度の使い方

親や配偶者が亡くなって口座が凍結されても、相続人は遺産分割の前に、ほかの相続人の同意なしで預金の一部を払い戻せます。上限は「口座ごとの残高×3分の1×自分の法定相続分」で、同じ金融機関からは合計150万円までです。
根拠は2019年7月1日に施行された民法909条の2の「遺産分割前の相続預金の払戻し制度」です。葬儀費用や当面の生活費にあてる資金を、窓口での請求だけで受け取れます(制度内容は2026年10月時点で法務省・全国銀行協会の案内により確認)。
口座が止まるのは死亡届の提出時ではない
市区町村に死亡届を出すと金融機関に自動で連絡が行く、と思われがちですが、そうした連携の仕組みはありません。口座の取引が止まるのは、金融機関が名義人の死亡を知ったときです。
きっかけの多くは、遺族からの連絡や相続手続きの申し出です。凍結は、一部の相続人による無断の引き出しや二重払いを防ぎ、遺産を保全するための措置です。
2016年12月の最高裁大法廷決定で、預貯金は遺産分割の対象に含まれると判断されました。以後、相続人全員の同意がなければ払い戻せないことが、金融機関の実務の前提になっています。
遺産分割の前でも、相続人ひとりで払い戻せる制度
遺産分割の協議には数か月かかることがあります。その間も、葬儀費用や医療費の精算、当面の生活費の支払いは発生します。
この空白を埋めるため、2018年の相続法改正(2019年7月1日施行)で設けられたのが遺産分割前の相続預金の払戻し制度です。各相続人は家庭裁判所の判断を経ずに、取引金融機関の窓口へ請求して一定額を単独で受け取れます(法務省「相続法の改正」)。
ただし、遺言による相続の場合など、この制度を利用できないケースがあると全国銀行協会は案内しています。遺言書がある場合は、手続きの前に取引金融機関へ扱いを問い合わせる必要があります。
引き出せる額は残高の3分の1×法定相続分、1金融機関150万円まで
単独で払い戻せる金額は、次の式で計算します。
単独で払戻しできる額 = 相続開始時の預金残高(口座ごと)× 1/3 × 払戻しを求める相続人の法定相続分
上限は2段階あります。計算は口座ごと(定期預金は明細ごと)に行い、同じ金融機関からの払戻しは合計150万円までです(法務省令で定める額)。
同じ銀行に複数の支店口座があっても、全支店を合算して150万円です。別の金融機関であれば、150万円の枠はそれぞれに使えます。
相続人が配偶者と子2人で、A銀行に普通預金600万円と満期到来済みの定期預金300万円がある場合の計算例です。
| 払戻しを請求する相続人 | 普通預金600万円からの上限 | 定期預金300万円からの上限 | 合計(同一銀行150万円まで) |
|---|---|---|---|
| 配偶者(法定相続分1/2) | 600万円×1/3×1/2=100万円 | 300万円×1/3×1/2=50万円 | 150万円(上限ちょうど) |
| 子1人(法定相続分1/4) | 600万円×1/3×1/4=50万円 | 300万円×1/3×1/4=25万円 | 75万円 |
預金がB銀行に400万円あれば、配偶者はB銀行からも400万円×1/3×1/2=約66万円を別枠で請求できます。1金融機関ごとに枠が決まる点は、預金保険制度(ペイオフ)の1金融機関1,000万円+利息と同じ構造です。
資金を複数の銀行に分けておくと、破綻時の保護だけでなく、相続の場面で家族が当座の資金を確保しやすくなります。
定期預金は明細ごとに計算、満期前の払戻しは別扱い
払戻し可能額の計算対象には定期預金も含まれ、明細ごとに計算すると全国銀行協会のリーフレットに記載があります。満期が来ていない定期預金については、この制度でも満期前の払戻し(中途解約)までは認められないと解されています。
定期預金の中途解約は、もともと金融機関の承諾を前提とする手続きです。相続預金では、相続人全員の同意を求められるのが一般的な実務です。
実際に払い戻す財源は、普通預金と満期到来済みの定期預金が中心になります。満期前の定期預金しかない場合は、後述する家庭裁判所の手続きか、相続人全員での中途解約を検討します。中途解約で利息がどう減るかは定期預金の中途解約利率の解説記事にまとめています。
窓口で必要になる書類と、戸籍を早く集める方法
全国銀行協会のリーフレットでは、本人確認書類に加えて、概ね次の書類が必要とされています(金融機関によって異なる場合があります)。
- 亡くなった方の除籍謄本、戸籍謄本または全部事項証明書(出生から死亡までの連続したもの)
- 相続人全員の戸籍謄本または全部事項証明書
- 預金の払戻しを希望する方の印鑑証明書
単独で請求する制度でも、相続人全員分の戸籍が必要です。法定相続分が確定しないと、払い戻せる額を計算できないためです(全国銀行協会リーフレット)。
出生から死亡までの戸籍は、本籍地を移した人ほど通数が増えます。以前は本籍地ごとに請求先が分かれていましたが、2024年3月1日から本籍地以外の市区町村窓口でもまとめて請求できるようになりました(戸籍証明書等の広域交付)。
| 比較の観点 | 戸籍証明書等の広域交付 | 法定相続情報証明制度 |
|---|---|---|
| 窓口 | 最寄りの市区町村の戸籍窓口 | 法務局(登記所) |
| できること | 全国各地の本籍地の戸籍・除籍証明書を1か所で請求 | 法定相続人の一覧図の写しの交付を受け、預金の払戻しなどで戸籍一式の提出を省略 |
| 主な制限 | 請求できるのは本人・配偶者・直系の親族の戸籍のみ。郵送・代理人による請求は不可。コンピュータ化されていない一部の戸籍は対象外 | 先に戸籍一式をそろえて申し出る必要がある。一覧図の写しの交付まで数日かかる |
※法務省「戸籍法の一部を改正する法律について(令和6年3月1日施行)」、名古屋法務局「法定相続情報証明制度」の案内による(2026年10月時点)。
広域交付では兄弟姉妹など傍系の親族の戸籍は請求できないため、兄弟姉妹が相続人になるケースでは、従来どおり本籍地へ郵送で請求する場面が残ります。
複数の銀行で手続きする場合は、法定相続情報一覧図の写しを取得しておくと、戸籍の束を各行に出して返却を待つ手間を減らせます。書類の提出後も、払戻しまでには金融機関の確認期間がかかります。
150万円で足りない場合は家庭裁判所の仮分割の仮処分
相続法改正では、窓口での払戻し制度とあわせて、家庭裁判所を通じた預貯金債権の仮分割の仮処分(家事事件手続法200条3項)の要件も緩和されました。2つの手続きを並べると次の表のとおりです。
| 比較の観点 | 窓口での払戻し制度(民法909条の2) | 仮分割の仮処分(家事事件手続法200条3項) |
|---|---|---|
| 手続き先 | 取引金融機関の窓口 | 家庭裁判所 |
| 金額の上限 | 計算式による額・同一金融機関150万円まで | 一律の上限なし(家庭裁判所が認めた額) |
| 前提条件 | 必要書類がそろえば請求できる | 遺産分割の審判・調停の申立てがあること/生活費の支弁等の必要性が認められ、他の相続人の利益を害しないこと |
| 向いている場面 | 葬儀費用・当面の生活費など少額で急ぐ資金 | 相続債務の返済など150万円を超える資金が必要な場合 |
仮分割の仮処分は、遺産分割の調停か審判の申立てが前提で、準備する書面も窓口の払戻しより多くなります。窓口の制度で足りるかを先に計算し、足りないときの手段と位置づけるのが現実的です。
払い戻す前に押さえておく3つの注意点
払い戻した分は、最終的な遺産分割で取り分から差し引かれます。制度で払い戻した預金は、遺産の一部分割で取得したものとみなされるためです(民法909条の2後段)。使いみちの領収書を残し、ほかの相続人に金額と目的を伝えておくと、後の話し合いがこじれにくくなります。
相続放棄を考えている場合は、払い戻したお金を自分のために使わないことが前提です。相続財産を処分すると単純承認とみなされ(民法921条)、借金があっても放棄できなくなるおそれがあります。故人に債務がある可能性があるなら、制度を使う前に弁護士や司法書士へ相談する選択肢があります。
手続きをしないまま口座を放置すると、最後の取引から10年以上たった預金は休眠預金として預金保険機構に移管されます。権利は消えませんが、引き出しの手間は増えます。詳しくは休眠預金等活用法の解説記事にあります。
家族名義で積み立てた定期預金が相続財産に含まれるかどうかは、名義預金とみなされる基準の記事で整理しています。口座と定期預金の満期の一覧を、元気なうちに家族と共有しておくと手続きが早く進みます。
遺産分割前の払戻し制度Q&A
Q. 凍結される前にATMで引き出しておけば、手続きは要らないのでは?
A. 勧められません。死亡後にキャッシュカードで引き出すと、使途をめぐって他の相続人ともめやすく、使い方によっては単純承認とみなされ相続放棄ができなくなるおそれがあります。急ぐ資金は、記録が残る払戻し制度で受け取るほうが安全です。
Q. 満期前の定期預金しかない場合、払い戻す方法はありますか?
A. 相続人全員が同意すれば、中途解約による払戻しを金融機関に相談できます。事情によっては家庭裁判所の仮分割の仮処分も選択肢です。満期日が近いなら、満期後に制度を使う方法もあります。
Q. ゆうちょ銀行や信用金庫の預金も対象ですか?
A. 対象です。制度は遺産に属する預貯金債権を広く対象にしており、ゆうちょ銀行や信用金庫の預貯金も同じ計算式で払い戻せます。150万円の上限は金融機関ごとに適用され、書類の細部は機関ごとに異なります。
Q. 兄弟姉妹が相続人の場合も、戸籍は広域交付でまとめて取れますか?
A. 広域交付で請求できるのは本人・配偶者・直系の親族(父母・子など)の戸籍に限られ、兄弟姉妹の戸籍は対象外です。その部分は本籍地の市区町村へ請求します。郵送や代理人による広域交付の請求もできません。
Q. 払い戻したお金の使いみちに制限はありますか?
A. 法律上の使途制限はなく、葬儀費用・生活費・医療費の精算などに使えます。最終的な取り分から差し引かれるため、使途の記録を残しておくと遺産分割の話し合いが進めやすくなります。
まとめ|払戻し制度はつなぎ資金、本番は遺産分割
遺産分割前の払戻し制度は、口座凍結で動けなくならないためのつなぎ資金の手段です。「残高の3分の1×法定相続分・1金融機関150万円まで」の枠を知っておけば、葬儀費用や当面の生活費の見通しが立ちます。
満期前の定期預金は対象にならないと解されている点、払い戻した分が取り分から差し引かれる点、相続放棄との関係は、請求の前に押さえておく必要があります。戸籍は広域交付や法定相続情報証明制度を使うと集める手間を減らせます。取扱いの細部は金融機関ごとに異なるため、手続き前に取引先の窓口で確認してください。

















