※本記事は2017年5月時点の内容です(題材は2015年に満期を迎えた100年定期預金)。インフレの仕組みを理解するための読み物としてお読みください。
少し古い話題ですが、2015年に「100年定期預金」という超長期の定期預金が満期を迎えたという記事が話題を集めていました。100年定期預金という事例は極端ですが、「インフレとはこういうことなんだ」と理解を深めるには良い題材だと思いますので、あらためて当サイトでもご紹介します。
この100年定期預金が募集されたのは1915年(大正4年)。現在の第四北越銀行(当時の名称は第四銀行)にあたる、当時の新潟貯蓄銀行が、大正天皇の即位の大礼(天皇が皇位を継承したことを内外に示す、最も格式の高い皇室儀礼とされています)を記念して募集したものとされています。
補足:記事中の「第四銀行」は、2021年1月1日に北越銀行と合併し、現在は第四北越銀行となっています。
目次
金利は年6%!100年後にはなんと339倍に!
その定期預金は、預入期間100年、金利は年6.0%(複利)。満期(2015年)時には339倍になっていたそうです。つまり100円が3万3900円になる計算です。金利が0.001%台と低金利だった当時(2017年)から見ると、339倍になる定期預金の証書を相続した人たちはさぞかし喜んでいるに違いない、と思ってしまいますね。
当時の月給は10円~20円。100円は給料半年以上の大金
当時、小学校教員の月給は10円~20円と言われ、100円は給料の何か月分にもなる大金だったとされています。確かに、給料が20円だったとしても、100円は5か月分の給料です。
仮に今、小学校教員の月給を20万円とすると、当時とは1万倍も通貨の価値が違うことになります。つまり、当時の100円は今の100万円程度の価値はあったことになります。
ということは、「100万円(相当の価値)の定期預金が、たった3万3900円になってしまった」とも言えます。実は少し可哀そうな話だった、という結末です。
これが通貨価値の下落、つまりインフレ
大正時代と比べると、通貨価値は数千倍も下がっているとされています。この100年間には、第一次・第二次世界大戦もありました。日本は敗戦国で日本中が焼け野原になり、大規模地震も何度も起きました。比較的最近では、バブルの崩壊もありました。バブル崩壊まで高度経済成長を続けていた当時の日本は、常にインフレ(通貨の価値が下落する状態)が起こっていたわけです。とくに敗戦直後の昭和20年~30年はハイパーインフレを繰り返しており、そこで日本円の通貨価値は大きく下落しました。
ここまで極端なことにはならなくても構造は同じ
現代の日本でここまで極端なことは起こりにくいですが、構造そのものは同じです。たとえばインフレ率が2%ということは、通貨の価値が毎年2%ずつ下がっていくことを意味します。それに備えるには、2%以上の利回りで資産を増やしていく必要があるわけですね。預金で堅実に守りつつ、インフレへの備えも意識する——その両立が大切だと言えるでしょう。
100年定期預金、もし今どこかの銀行で募集していたら、あなたは預けたいと思いますか?